70冊のノート

移植後の日常生活では、移植腎のために特にどのようなことに気を付けて生活をしていますか。

棚橋さん
食事は、「粗食で腹八分目」を心がけています。原則として何でも食べてもいいのですけれども、塩分とタンパク質は控えめにして、魚は白身、肉はなるべく少なめに、魚卵は食べないとか、なるべくそういうふうにしようと思っています。
後は、検査のデータを見て、「この数値が上がっているな」とか「BUNがちょっと高いからタンパク質を控えないといけない」とか「尿酸値が上がっているからカニやエビ、卵はやめておこう」というふうに考えて、食生活を徹底管理しています。

後藤先生は移植後の食事管理についてどのような指導をされているのでしょうか。

後藤先生
私が指導している中で一番重要なものを一つだけあげるとすれば、やはりカロリー制限ですね。血圧が高い人の場合は塩分を減らすことが大事なのですが、メタボ対策としてはカロリー制限が大事です。カロリー制限がきちんとできる人は、他の管理もできることが多いです。


棚橋さん
私は、カロリー制限は完璧というわけではないのですが、バランスのいい食事を取るようにしています。ごはんは少量で、おかずは7~8種類を少しずつ食べます。数日前の食事内容を例にあげると、しらすを少し食べて、味噌汁の中にある具、ワカメとジャガイモとキノコや大根だけ食べて、魚は切り身を少しと、ひじきやお揚げを煮たものを少し、というように、バランス良く少量食べます。牛乳と納豆は毎日いただきます。

血圧・体重の管理はどのようにしていますか。

棚橋さん
毎朝起床時に、血圧・体重を測定し、折れ線グラフに記入しています。グラフ化することによって、異常のある時はその原因を考え、注意をするようにしています。例えば、外食、食べ過ぎ、飲み過ぎ、日常生活のリズムから離れた行動など、異常の原因を探って反省します。あと、血圧と体重を気にしていくと、1日に取った、だいたいの水分量が分かりますね。

尿量も測っているのですか。

棚橋さん
測っています。水分をどれくらい飲んで、どれくらい尿が出たかなどを、ずっと折れ線グラフで記録してきました。これだと血圧・体重・尿量・水分の摂取量が一目瞭然で分かるのです。「何カ月前に外食した時の次の日の値はこれくらいだった、だから今度はこれだけにしよう」という風に、自分の体調管理をしながら修正して行くのが一番いいのです。

後藤先生、ここまでしっかりとやられている方はそんなにいらっしゃらないですよね。

後藤先生
そうですね。なかなかいないですね。皆さんがこのくらいやってくれると、もっと摂取カロリーのバランスが良くなると思います。しっかり指導しているつもりですが、実際にやっているかは確認できないので、「自分でやる」というところをクリアしてもらわないと限界がありますね。


70冊の管理ノート

奥様
移植15年目で、主人が日々のデータを記録した大学ノートは現在71冊目です。それも全て手書きです。
今、皆さんはパソコンでデータを打ち込んでいらっしゃると思いますが、主人は手書きノートに線を引き、日付と時間も書いています。

奥様は日常生活において気を付けていることはありますか。

奥様
車の運転の際、残りの一つ(右側)の腎臓を保護するため、自分と右ドアの間にバッグやひざ掛けなどを挟み、万が一、他の車にぶつけられた際にも大丈夫なように気を付けています。普通の人が車の事故で腎臓を失くしたという話を聞いたことがあったので、そこに物を置いておくと、「万が一のときに保護されるかな」と思ってやっています。自分がそう思うだけで、あまり役に立たないかもしれませんが(笑)。


チーム医療の素晴らしさ

名古屋第二赤十字病院の移植チームにお伝えしたいことはありますか。

棚橋さん
移植医療はチーム医療ですが、名古屋第二赤十字病院の移植チームは本当に素晴らしいと思います。先生方、コーディネーター、看護師、その他のスタッフを含めて、患者さんに対して献身的に向き合う「患者本位」の医療に徹しておられ、頭が下がります。また、徹底したインフォームド・コンセントがなされているので、レシピエントもドナーも、先生を100%以上に信頼して治療をお願いすることができると思います。
それから、術後の管理(アフターケアやサポート)も日本一だと思います。というのも、妻のところには、全国の手術を控えたレシピエントやドナーの方からお電話があるのですが、「名古屋第二日赤ではそういうことまでやっていらっしゃるのか。そこまでしっかりドナーさんの管理をしてもらえるのか。」などと言われていますね。こういうことは、充実したカンファレンスによる情報の共有、連帯感の醸成が基礎にあるのではないかと思います。


奥様
私が相談を受ける方の中には、他病院で移植をする予定なのだけれど、「移植前にちょっと『不安だ』と言うと、『じゃあ、止めますか』と言われて終わりになってしまうので、不安を訴えられない」とおっしゃる方もいらっしゃいます。「止めたいわけではなく、ちょっとお話ししたいだけなのに、そういう雰囲気じゃないから」というお話を聞くこともあります。


渡井先生

渡井先生
その理由は、いろいろな問題を抱えた患者さんがいらっしゃった場合、移植に十分な知識や経験のない医師だと、患者さんの疑問や不安を受け止めきれないからだと思います。そのような場合、医師の反応は冷たく感じられると思います。
当院は移植に特化したチームで、難しい症例も積極的に移植し、多くの経験をしています。どのような状況の患者さんも 受け止めるチーム医療ができるので、お話をしっかり聞ける環境があるのだと思います。


ドナーの横のつながりを求めて

奥様が代表を務めていらっしゃる、「ドナーの会」はどのような会なのでしょうか。また、最近はどのような活動をされていますか。

奥様
ドナーの会は、2003年、「ドナーによるドナーのためのドナーの会」をモットーにスタート致しました。当時のドナーは、患者会の忘年会・バス旅行・勉強会などに、レシピエントと一緒に参加するだけだったのですが、ドナーの横のつながりを求めて、同じ体験・立場を有するものが集い、心情を吐露し、問題点があれば素直に語り合い、情報の開示、意見交換をする場としてスタートしました。年1回の「ドナーの会」は、今年(2014年)の9月には12回目を迎えます。
また、2008年から毎月第4木曜日に2時間、名古屋第二赤十字病院の会議室をお借りして「ドナーの広場」を開催しています。検査入院中のドナー予定者、手術前のドナー、手術後のドナーの他、東海、近畿、北陸はもとより、遠くは札幌、長崎、広島、鳥取、関西方面、東京など、他の施設のドナーさんが来訪されることもあります。不安いっぱいの暗い顔で「ドナーの広場」に参加された方が、その2時間後、広場が終了する時には、「皆さんのお話が聞けて本当に良かったです。背中を押していただきました。また来ます。」と明るい顔でお帰りになります。そして手術後、今度はドナーの先輩として、「後輩ドナーさんのためにお役に立ちたい、皆さんとの絆に感謝したい」とおっしゃいます。

ドナーとして体験談をお話される棚橋さん(奥様)

「ドナーの広場」には他県や、他施設で移植予定の方も、お話を聞きにいらっしゃるのですね。

奥様
そうですね。「ドナーの広場」では、名古屋第二赤十字病院で移植を受けられた方々が、「コーディネーターの今井さんにこんなふうにしてもらった」とか、「渡井先生に…」「後藤先生に…」とお若い先生方のお名前が出て感謝の中でお話しされることが多いのですが、他の病院で移植予定の方が来られていたりすると、すごく羨ましがられますね。「別の病院で移植の話を進めているから、今さら変えられないけれども、本当は名古屋第二日赤で手術したい」と言われるぐらいに、こちらの病院で手術をされた方は、病院の対応に喜んでいらっしゃいます。

今井コーディネーターは、ドナーの方とお話しされるときにはどのようなことに気を付けていらっしゃいますか。

今井コーディネーター
手術の後、どれだけ時間がたっても提供したことを後悔しないようにしていく、というのが一番のケアだと思っています。何か不安はないか、どこを不安に思っているかということをキャッチして、それに対するケアをすることが必要だと思っています。
もう一つは術後の自己管理がいかに大切であるかを伝えるようにしています。

ドナーの不安を無くしていくには、どのようなことが大切なのでしょうか。

今井コーディネーター
やはり、元気でご活躍されている棚橋さんのような方の存在は大きいと思います。私たちはどうしても医療者の立場でしか物事を言えませんが、同じ立場の方から経験談を語ってもらうこと、そういう先輩がいるということを知りお会いしていただくことが一番だと思います。ですから「ドナーの広場」は、本当にドナーや移植前のレシピエントの方たちにとっていい場だと思います。もちろん私たち医療者もドナーの方に寄り添い、気軽に相談できる一番身近な存在でありたいと思っています。


移植記念樹

奥様
やはり知らず知らずの間に、私たち夫婦が移植15年目になったというのも大きいと思います。この15年間で多くの人と出会い、多くを学ばせていただきました。ドナーになってから15年目の立場で、これから移植を控えていらっしゃるレシピエントやドナーの方のご相談に乗ることができることが非常に大きいと思います。


後藤先生
「名古屋のドナーの会は、どうしてあんなに盛んなのか」と聞かれるのですが、やはり、棚橋さん(奥様)が継続して、一所懸命やっていらっしゃるからだと思います。そういうリーダーシップを取る方がいるというのが一番大事ですね。