奇跡

北田先生と初めて会ったのはいつごろですか。

お母様

お母様
2007年の献腎移植希望登録の時だったと思います。移植後のメリットや献腎移植、生体腎移植の手術の方法についてお聞きし、その後、定期的に受診するようになりました。当時は九州大学病院と福岡市立こども病院を並診していました。

生体腎移植も検討していたのですか。

お母様
はい。ただ、生体腎移植の場合、ドナーになれる人が私しかいませんでしたので、少しでも選択肢を増やしたいということで、献腎移植希望登録もしていました。

そして登録から数年後に献腎移植の連絡があったということですね。

北田先生
手術当日のことは今でも鮮明に覚えています。

お母様
本人だけが覚えていないんですよ(笑)。

正暉くん
自分は全く覚えていないのですが、母から、「大変だったよ、生体腎移植ができたのは奇跡だったよ」と聞いています。

献腎移植手術の際、何が起こったのですか。

北田先生
もともと生体腎移植手術の日程が決まっていたのですが、その10日くらい前に大倉くんが第一候補という献腎移植の連絡が入り、急きょ腎移植手術を行うことになりました。
準備が整い、手術が始まったのですが、手術が始まった途端に正暉くんの血圧が急激に下がったのです。このまま手術を続けるのは危険だということになり、移植手術は中止となりました。
正暉くんは2日間ほどICUに入り、なんとか立ち直りました。その後、手術中の血圧低下の原因を調べたところ、ラテックスアレルギーだということが判明しました。
※医療用手袋などに使われている天然ゴムの成分によってアレルギー反応を起こす病態。皮膚の掻痒感や蕁麻疹など軽い症状からアナフィラキシーショックという呼吸困難や意識障害を起こす重篤な症状に至る場合もある。
移植する予定だった腎臓は、すぐに次の候補の人を呼び、その方に移植することができました。

ラテックスアレルギーだったということですが、予防策はないのでしょうか。

北田先生
事前に患者さんがラテックスアレルギーだと分かっている場合や、ラテックスアレルギーの危険因子を持っている場合は、手術時に使用する手袋などをラテックスフリーのものに替えておくことができますが、事前にその状態を把握しておくことはなかなか難しいのです。
正暉くんの場合は、献腎移植手術の際にラテックスアレルギーだということが判明しましたので、生体腎移植手術のときにはラテックスフリーの手袋で手術を行い、事なきを得ました。
「もし先に献腎移植の候補になることが無く、生体腎移植手術を行っていたら・・・」、「お母さんから腎臓を摘出し、正暉くんに移植しようとしたときにアレルギーが起こっていたら・・・」と考えると本当に怖いですね。お母様から提供された腎臓はここにあるのに移植はできない、という状況になっていたかもしれません。
献腎移植の連絡があったのは、「正暉くんにはラテックスアレルギーがあるから、次の移植の時には気をつけなさい」ということを神様が教えてくれたのだと思います。

その後、生体腎移植手術は予定通り行われたのですか。

北田先生
原因がラテックスアレルギーだということが分かりましたので、正暉くんの回復を待って当初の予定日から大きくずれることなく、ラテックスフリーの手袋を使用して移植手術を行うことができました。

正暉くんは、生体腎移植手術が終わったときのことは覚えていますか。

正暉くん
あまりよく覚えていないのですが、手術後目が覚めると、集中治療室にいて、「なんか違うところにおるなー」と思ったことを覚えています。手術が終わったのかどうかも分かりませんでした。看護師さんから、「まだ動いてはだめですよ」と言われていたことだけ覚えています。

まさきくんとお母様

ドナーとなられたお母様は、手術が終わったときはどのようなお気持ちでしたか。

お母様
手術前、手術室に行く正暉の顔を見た後は、不安しかありませんでした。本人は笑顔で手術室に向かっていきましたが、献腎移植手術の時のことがあったので、「もう二度と正暉に会えないかもしれない」と思い、涙がとめどなく流れてきました。
手術前には先生から、万が一のこともあると厳しい話をされていましたので、手術が終わり、成功したと聞いて、ただただ安心しました。

手術後どのくらいで正暉くんに会えましたか。その後、どのくらいの期間入院されましたか。

お母様
正暉がICUから一般病棟に戻った時にやっと会うことができました。手術の翌々日くらいです。その後の入院期間は2週間くらいでした。退院の日、自宅に戻ると、2人で無事に元気な体で戻ってくることができたのだと思い、安堵の涙が出ました。

退院後は順調でしたか。

お母様
退院までは順調だったのですが、再び病院に戻ってくるのも早かったです(笑)。移植後間もないころは、尿路感染を繰り返して頻繁に入院していましたが、成長と共に尿路感染の回数も減り、あるときからぱたっと起こさなくなりました。今はとても順調です。

北田先生
移植後の尿路感染は、しばしば経験する感染症のひとつです。予防のためにもおしっこを我慢しないようにすることと、水分をしっかり取ってもらうよう指導します。感染症にかかってしまった場合は、抗生剤投与が治療の基本ですが、ウイルス感染によるものもありますので注意が必要です。場合によっては免疫抑制薬を一時的に減量することもあります。