出産へのチャレンジ

高橋さんは移植後ご出産されていますが、いつごろから妊娠、出産を考えるようになったのですか。

高橋さん
移植後3年ぐらいで考えるようになりました。ただ、妊娠、出産は腎臓にすごく負担がかかると分かっていたので、もしまた具合が悪くなったら嫌だな、と少し躊躇していました。また、(移植前に)腎臓が悪くなった時点で、一度は「子どもを産むことはできない」と言われていたので、半分は諦めていて、もし産めるチャンスが来たらそのときに考えようと思っていました。
当時は、「欲しいのにできなかった」と心残りに思うよりも、子どものいない人生のことを考えている方が精神的には楽だったので、移植後2年たっても、「産みたいです」とはっきり言えず、どうしようかな、と考えていました。その時はどうしても子どもを産みたいというよりは、チャンスがあれば、という気持ちでしたね。

ご主人はどのようにお考えだったのでしょうか。

高橋さん
主人は私が病気になった時点で、「子どもはいらない」と言っていました。移植後、産むかどうか、薬を変えるかどうかを考えるときも、「自分は口を出さないから決めていいよ」と言ってくれていました。


後藤先生
なかなかそう言えるご主人はいないですよ。移植後、妊娠を希望している場合、レシピエント(女性)の方がいろいろな負担を全部一人で抱え込んで期待に応えようとして、自分の気持ちを出せずにいるケースが多いです。
妊娠を希望されている方の場合は、免疫抑制剤を古いものに変更する必要があります。我々からすると、なるべく早く元の薬に戻してあげたいわけですが、「早く子どもを作ってください」とは、なかなか強くは言えません。ほとんどの夫が、移植後の妊娠出産が大変であるとの認識が少ないと思います。レシピエントが悩みをすべて抱え込まないように、2人へ時間をかけて説明するために、毎週金曜日に、移植者のための妊娠希望外来という枠を作っています。
妊娠希望外来では、例えば、奥さんは親からもらった腎臓を出産で悪くしてもいいという覚悟でやっているのだから、ご主人には、「そのようなリスクがあることを分かった上で、ドナーになってくれた人と奥さんの面倒を責任もって見てください」とお伝えしますね。ご主人が、「はい、その点はきちんと考えています」と答えていただけるご夫婦の場合は、意外と早く妊娠します。
現在も外来には6人くらいの妊婦さんがいらっしゃいます。妊婦さんがいらっしゃると花が咲いたように華やかになります。

最終的に、子どもを産みたいと思ったのはなぜですか。

高橋さん
当時30歳で、年齢を考えた時に、今後妊娠できるか不安だなと思いました。本当に決め手になったのは、腎臓が悪くなってしまうことが怖くて産まなかったとして、10年後、20年後に、「やっぱりあの時に産んでおけば良かったな」と後悔したくなかったからです。妊娠できてもできなくても、チャレンジだけはしてみようと思いました。
ただ、薬のことが心配だったので2~3年頑張ってもできなかったら、その時は諦めようと思いました。頑張ったという実績、欲しくてもできなかったという結果が残るから、あとで後悔しないだろうと思ったのです。


後藤先生
当院では、本当に子どもが欲しくて腎臓の状態が良ければ、40歳を過ぎていてもトライはします。当院の産婦人科もとても協力的ですね。妊娠するかどうかは分かりませんが、トライはさせてあげたいという方針です。
例えば1年ほどやってみて妊娠しなかったとしても、ご自身が納得すればいいと思っています。ご主人にもタイムリミットがあることを説明して、例えば1年半~2年というように期限を最初から設けておくのです。そうすると、皆さんとても生き生きとして「やり切った」という気持ちになり、たとえ妊娠はしなくても「もう大丈夫です」と言う人もいらっしゃいます。

その後、高橋さんはどのくらいで妊娠されたのですか。

高橋さん
2011年の10月に妊娠したのですが、本当にすぐだったので、とても驚きましたね。

我が子が与えてくれた変化

妊娠中は、やはり体重や塩分には特に気を付けていましたか。

高橋さん
はい。おかげさまで、妊娠中、体重は5kgぐらいしか増えなかったと思います。やはり自分の腎臓は人より危ないという意識があったので、ものすごく気を付けましたね。妊娠中、周りからは、「たくさん食べなさい」と言われましたが、そこは腎臓を大切にして、「きちんと食べていますから大丈夫です」と言って必要以上には食べませんでした。
私が体重を増やさないようにしたことで赤ちゃんがすごく小さかったのであれば問題ですが、妊婦健診ではいつも、「赤ちゃんは少し大きめですね」と言われていました。
その後36週の時点で、(腎臓のことがあるので)「もう赤ちゃんを出した方がいい」と言われて2600gで出産しました。出産時期は少し早かったのですが、赤ちゃんに問題はなく、保育器にも入らずにそのまま私と一緒に退院することができました。
薬(免疫抑制剤)を飲んでいますので、母乳をあげられないことを多少心配しましたが、赤ちゃんが病気にかかることもありませんでした。周りの普通のお母さんたちがみんな母乳なので、少し疎外感はありましたが、今振り返ればミルクだと授乳もすぐに終わるし、赤ちゃんもあまり泣かないし、逆に楽で良かったと思います(笑)。


妊娠中と出産後の様子


出産後の現在も、塩分の制限をしているのですか。

高橋さん
そうですね。最初に腎臓が悪くなった時の保存期の食事というのが一番きつく、1日のタンパク質が40gで、塩分が6gという食事を約1年経験していたので、それに比べれば今の塩分制限は苦になりません。

ご主人も同じ食事をしているのですか。

高橋さん
「同じでいい」と言って、全く同じ食事です。主人はとても優しいですね。薄味というのは健康のためにもいいからということで、特に文句も言わず食べてくれています。逆に外食の際の食事の味がすごく濃く感じるようです(笑)。

お子様が生まれて、何か変わりましたか。

高橋さん
かなり変わりましたね。移植後はすごく自由になって幸せだと感じていましたが、私は専業主婦だったので時間が有り余っていて、「また腎臓が悪くなってしまったらどうしよう」などといろいろと考えてしまっていました。
でも子どもが生まれた後は、世話がすごく大変で、疲れたら寝てしまうような生活になったので、いろいろと考える時間もないし、「万が一また腎臓が駄目になったとしても、せっかく生まれてきてくれた子どもと一緒にいる時間にネガティブなことを考えていたらもったいないな」と思うようになりました。楽しい時間を大切にして、駄目になったことなどは想像しないようになりましたね。「駄目になったらしょうがない、そのときはそのときでやるだけやろう」というぐらいの気持ちです。割り切りがよくなった感じですね。
産みたくて産んだ子どもが元気ですし、とても達成感があります。産む前は、障害のことなどいろいろ考えてしまいましたが、産んでみると心配していたようなことは何もありませんでした。


かわいい息子さんとご家族


後藤先生
高橋さんは出産されて非常に変わりましたね。出産後、責任を持つことで変わったと思う方は結構いらっしゃいます。出産される前は、外来の診察時にも細かいことまで気にし過ぎていたような方も、お母さんになると、ドーンと構えるようになりますね。


取材中の元気な高橋さんのお子さん

高橋さん
子どもを産む前は、「またいつ急に具合が悪くなるのか」という心配が非常に強かったのですが、今は、「今日の晩御飯どうしよう」とか、帰ったらやらなければいけないことばかり考えていますね(笑)。